オギロパン

オギロパン 広島県三原市の100年パン屋さん。
大正7年創業です。地元を愛し続けているパン屋でしたが、2024年1月をもって閉店いたしました。 オギロパン本店の営業は平日・土曜日の午前7時から午後6時までとなっております。
日曜日・祝日は、お休みを頂戴しておりますので、ご注意ください。

25/01/2024

コメントをたくさんいただき、ありがとうございます。

一つ一つにお答えを書く度に、自分の無能さ、無力さを感じ、お客様、業者様、従業員の皆様に、大変ご迷惑をおかけしたことを、まざまざと実感し、もう、なにも書けなくなってゆきました。

弊社のパンを愛してくださったお客様への感謝の気持でいっぱいです。

一つ、思うことがありましたので、すこしお時間をいただき、弊社ではない会社に、レシピを譲り、製造販売を継続することも視野に入れたいと思います。
もちろん、私が味については保証が出来るようにいたし、現実化したいと思います。

17/01/2024

「老舗の最期のご奉公」

私が、Facebookに中国新聞の記事をのせることも、私がここで、経営について書くこともなにもかも、良いふうに思われない方がいらっしゃることは存じております。でも、書く事が悪い理由がわかりません。何人かの親しい人にも言われましたが、書いたからといって、ここから私が駄目になる要素が見つからないからです。

もう、私はゼロなのです。

もし、それをご存知であれば、ぜひともご教授お願いしたします。

これらの記述はただ、状況の情報提供であります。

社長として責任は私にあるといつも思って行動しておりました。忠告も先輩から受けました。その点については素直に従い現在に至ります。

しかし、自分のことは自分のこと。会社の事は、会社の事。
でも、会社の事は自分のこと。そうも思って暮らしていました。

ですから、わたしの身の回りの文具なども、全部自腹です。
会社用に使うPCなども自分のものです。
贅沢するのは、パンを製造する機械だけです。

少なくとも商売人としてのプライドは、
 お客様に喜んでいただけること
 従業員に誠実であること
 業者さんに迷惑をかけないこと
の3点であり、最後に残ったお足を頂戴するのが経営者というのが、私の基本スタイルでした。

といって、会社を潰すとは何事かと言われることは承知しておりました。
しかし、父が生きているうちは潰したくはなかったのです。父のプライドに傷をつけたくないために、に会社を潰させたくなかったのです。

父はプライド高い人でしたので、私のような汚れ役は出来なかったでしょう。私はなにせ、イオン店も閉店させ、本店も倒産させた男です。

イオン店を出店せず、私がフランスにもう3年ぐらい修行してから帰国した後、とっとと会社を分けて、新会社の社長をゆずり、本店を行き着くとこまで行って倒産する手もあったわけです。そうすれば、資産も残り、今でも小さいながらオギロパンは生き延びていたことでしょう。

その父の7回忌となります。

そこから7年しか、もたせられなかったのか、7年持てたのかはわかりませなんが、「オギロパン 代表取締役会長」として、手向けの花を棺桶いっぱいに詰め込み、山へ登りました。叔父がうちの父に泣き縋っている姿を見て、あんなにやり合っていても、やっぱり兄弟なんだなあと、感じました。
2000年に叔父を会社から追い出したのは、私です。経営的に一致する部分がなく、8月に叔父は会社を退社しましした。

それからというもの、親戚づきあいもなくなり、私も本当に孤独な戦いをしいられました。

そして、7年前、父が亡くなりました。

火葬場に登ったおり、叔父が喉仏の骨を骨壷に入れてくれました。私が譲ったのです。あんなに喧嘩していた兄弟が、こんなになるなんて・・・。と思い、叔父の気持ちを尊重した結果でした。

私にかかっていた呪いが一つ解けた瞬間でした。

その後、祖母が、亡くなったとき、いとこ一同がほぼ20年ぶりに集まり、普通に話している瞬間(本当に呪いが解けたんだな)と思ったものです。

いとこ同士で話をしていると、まるで小さかった頃に帰ったようで楽しかった。そして、私は、長男中の長男だったんだ、と改めて気付かされました。

改めて申しあげます。

オギロパンFBでは、経営状態から従業員への解雇、倒産まで(まだですが)、赤裸々に書いております。これは、このような時代、そんな会社がたくさんあり、うちのような100年企業でも駄目なときは駄目。こうなっていくんだよという意味で記録しています。

こんな体験は、やってみないとわからないし、そうでなかったら、絶望して命を犠牲にする経営者もおられるでしょう。
私はそれが嫌なので、あえて、あけっぴろげで、こんなことが、起こるんだよ、と、報告しているのです。命あってのなんとやら。そして、会社は精算しなければ、取引相手にも、不利になります。

そして、最期の責任は、私がすべて持つ。
それが、老舗の最期の商いをしている方々へのご奉公です。

株式会社オギロパン 元代表取締役
荻路新吾 拝

17/01/2024

前回・今回の投稿で、かなりのコメントを頂き、誠にありがとうございます。
三原に他にもパン屋がありますが、それぞれの思いでやってらっしゃるのだと思います。
私も、しばらくは某レストランでホールと調理を修行します。そのままその店の店長になるかもしれません。
私は人生はそれでもいいと思います。
でもその会社がホワイトナイトとして、小さいながらでもパン屋を設えてくれるかも知れません。それは運命が決めることです。
何より、店を起こすためには資本が必要で、残念ながら私の資本が¥0ーですので、今のところはなにもいえません。

起業するとはそういう事です。ここで、腕がブンブン回っていてもお金がないと、だめです。しかも、お金があっても駄目なときもあります。「美味いパンが作れるか、作れないか」もありますから。

まあ、しばらく様子を見ながら、身の振り方を考えるとします。

株式会社オギロパン
代表取締役 荻路新吾 拝

まだ、会社としては登記が残っていますので、こう表記いたします。債権者の方にとっては、私が代表ですものね。まだ。

中国新聞に掲載された記事。
14/01/2024

中国新聞に掲載された記事。

10/01/2024

「中国新聞」さんに掲載され、コメントを付けてもらいました。

電話で「最後に一言」といわれ、無意識に言い始めると、最後まで、まともに言えませんでした。最後はぐじゅぐじゅでした。

俺は、三原とオギロパンを食べる人が本当に好きだっんだ。と、改めて思い、悲しみと悔しさと辛さとがミックスされました。

1月6日の記事にたくさんのコメントをいただき、本当にありがとうございました。
オギロパンのレシピは、他に渡すつもりはさらさらないです。
私自身が、ある程度の時間が経ったあと、コツコツと小さく始めるつもりです。

今日の中国新聞の記事を見て、このパンを作れる人間は、いま、私しかいないんだ、と思い直し、いつかの再開か、思いの同じ人に受け渡したいと思います。それまではレシピは封印です。

07/01/2024

2024年1月6日(土)

株式会社オギロパン
代表取締役 荻路新吾

「オギロパンより、お知らせ、及び、お礼とお詫び」

 1918年、大正7年より三原でパン・菓子を製造し105年を過ぎる今年、弊社はその歴史に幕を引くことにいたしました。

 2024年1月6日(土)をもちまして、会社を精算し、倒産いたします。長い正月休みは、店を閉める準備期間だったのです。

 昨年末30日に従業員を全員解雇し、これにて完全に製造を停止いたしました。

 このタイミングでの精算は、まだ若干資本が残っているうちに、従業員の再就職ができる環境をつくりたかったこと。
 諸経費の増加による経営の圧迫により、これ以上の利益率の向上が望めないこと。
 過去の融資について、返済の見込みが薄いこと。
 消費税、社会保険料の滞納が増え、こちらも返済を続けると従業員の解雇が難しくなること。

 以上が、一般的に言われる、自己破産の理由ですが、やはり、古い話になりますが、バブル崩壊からの業態変化での経営形態の失敗が一番の理由だと考えています。
 いわゆる「失われた30年」とやらです。
 私も、それも承知で4代目を引き継ぎ、努力してまいりましたが、そもそも職人ですから「食べ物で遊びたくはない」「美味しいものは美味しく食べてもらいたい」、そんな努力を重ねたつもりでした。
 それはオギロパンのプライドを守るためであり、三原の味を守るための自分自身との戦いでした。

 正直に言うと、イオン店を退店するタイミングがいちばんよかったのかもしれません。
 ただ、父が生きておりました。プライドの高い父がいる限り、店を潰すわけには行きません。
 父のプライドを生かすためだけに、会社を残したのです。

 しかしその後もコロナ禍だのなんだので、徐々に販売量が落ちたため、そのため、、工場の老朽化、機械の老朽化も更新もできず、いつ止まっても、パンの製造ができなくなる可能性があり、時間が限られていました。

 生産条件もどんどん悪くなり、三原のパン屋として生きてゆく可能性もどんどん細い糸を歩くように、難しくなってまいりました。
 そして、イオン店を撤退したように、長年の負債の積み重ねを処理するのが、どうやら私の代の仕事であると感じ始めていました。
 つまり、店を閉じることです。

 毎年、正月と盆になると「今年閉めようか」「今年閉めようか」となやんだものです。

 今回の清算(破産)で、多くの業者様にもご迷惑をおかけする結果となりました。
 そういう意味では、1年開けていたほうが良かったのかも知れません。1年でも長くパンを提供したかったし、従業員の雇用を守りたかったし、色々葛藤しました。

 この責任は、代表取締役である、私の決断能力や情報収集能力が足りなかったからだと、心から反省しております。
 これまで、弊社のパンを愛してこられた方々には、心からの感謝をしております。

 これまで、弊社のパンの材料を納入して来られた業者様には、心からの謝罪を申し上げ、弊社の自己破産による倒産をお知らせいたします。
 心の底から、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。

 そして、105年に渡る長年のご愛顧、本当に感謝しております。

いつもありがとうございます♪エッグパン2個入り20%引き‼️小さなボルカ4個入り20%引き‼️
29/12/2023

いつもありがとうございます♪
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いつもありがとうございます♪30日土曜日‼️本店歳末セールしています‼️是非是非お越しください☺️あんぱんとメロンだけ20%引きとなってます‼️よろしくお願いします #オギロパン #歳末セール
29/12/2023

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いつもありがとうございます♪12月16日土曜日本店限定パンです #限定 #明太マヨ #あんバター  #フランスパン #オギロパン
15/12/2023

いつもありがとうございます♪

12月16日土曜日本店限定パンです

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いつもありがとうございます♪イギリスパン朝ごはんはハチミツトーストお昼はスープと一緒に夜はお酒のお供に☺️ #イギリスパン #定番 #オギロパン #毎日パン
08/12/2023

いつもありがとうございます♪

イギリスパン
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夜はお酒のお供に☺️

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27/11/2023

「新吾社長ひとりごと」

中小企業の社長は、抜けた穴を埋める存在なのです。ですから、社長業はともかく、実務能力も万能でなければなりません。

先日、配達の方が1名辞めてしまったので、いきなり配達に配属されました。
オギロパンの配達の便は4つの便があります。
・市内便
・尾道~福山便
・本郷~西条便
・広島・呉便

で、私ができるのは、広島便以外です。

市内便は先日覚えました。
まあ、よくあることですが、市内便は1日助手で乗って、次から本番という大変スパルタな感じ。手元のメモがあるからこそなんとかなりますが、商品名、地理感がないと、いきなりは無理なのは承知なこと。
獅子は息子の力を試すために崖に落とすと言いますが、落ちたまま登らんでええんとちゃうかと思うのは、私だけ?

まあ、ともかく、1日教えてもらって、速攻で本番です。
問題は手順だけです。どこから入るか、どこに持っていくか、検品するか、伝票どうするか・・・。これが全部違う。

でも、これもまた、楽しいんですよね。
「おはようございます!オギロパンです!!」で突入し、「ありがとうございましたー!」で撤収する。
売り場の様子もわかる。バックヤードで、お店の雰囲気もわかる。

配達、面白いやないか。と思う今日このごろ。

でも、社長が配達しているのがわかると、妙な空気があり、従業員の方が別の従業員の方に「この方がオギロパンの社長さんなのよ!」とまわりに紹介されたり。某イオンに行くと古巣なもので正体バレバレだったり。

ともかく、某曜日はあたくしが市内の配達を賜っております。
楽しく配達しております。30万キロ超えている軽トラックで。
扉に閉まりが悪くて、全開して走ったことも数々。

近況報告でした。

25/11/2023

三原の道の駅で、業務情報を交換する、餅屋とパン屋。
こういうこと、大事。

住所

皆実3‐1‐ 32
Mihara-shi, Hiroshima
723-0052

電話番号

+81848622383

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